NHKの朝ドラ「舞いあがれ!」は、1月6日(第66回)放送で、主人公の父が突然亡くなるという衝撃の展開となった。同社は、二代目社長の岩倉浩太(高橋克典)が、父親の創業した町工場を承継、発展させてきたのだが、3億円の工場建設の直後にリーマンショックが直撃、取引先からの注文が大きく落ち込んだうえに、起死回生を狙った「太陽光発電パネル向けネジ」100万本を、納期が短いという理由で正式発注前に製造着手してしたものの、注文はなされず、大量の在庫となって「万事休す」となってしまった。

浩太社長は、どのような経営をすべきであったのか、この危機を乗り越える方策はあるのか、中小企業診断士の立場から考えてみたい。

  • 新工場建設前、情緒的な判断

過ぎたことを嘆いても仕方ない。しかしこれからの教訓にすることはできるだろう。そういう視点から、新工場建設前からの振り返りをしてみたい。

3億円の融資を受けて新工場が完成したのは2007年12月。浩太社長の同級生で「名神プレステック」という会社の社長である「たけやん」から、自動車部品の製造を持ち掛けられたことがきっかけになっている。そして、その後を暗示するように経理総務課長の「名神の売上動向」を心配するセリフもあった。

確かにリーマンショックは2008年9月の出来事である。しかし、2007年の時点ですでにサブプライムローン問題は表面化しており、金融不安の予兆は十分にあった。90年代のバブル崩壊、2001年のITバブル崩壊と戦後2回のバブル崩壊も経験済みであり、3度目を警戒することはできたはずだ。

そして経理課長(この人は金融機関出身だろうか?)の忠告をスルーして、取引先の信用調査を実施することもなく、多額の投資を決断したことは、経営者として失格の烙印を押されてもやむをえないだろう。

  • 取引先の品格

推測にはなるが、前進の岩倉螺子製作所時代は、一般的なネジを生産していたと思われる。それは、「特殊ネジの試作品」を、ベテラン職人の古田と苦労して造り上げるシーンから読み取れる。

「強みである技術力、品質を生かして、汎用ネジの価格競争を避けつつ、受注生産によりなるべく在庫を少なくする」というビジネスモデルへの転換を図ったということだろう。これは、ニッチ市場での非価格競争を意図したもので、中小企業としてはお手本となる戦略だ。

ところが、どうも取引先があまりよろしくない。飛躍のきっかけとなった試作品製作も、かなりの短納期を求められたし、後の「太陽光パネル向けネジ」の依頼企業は、正規発注を待っていては到底納品できないようなスケジュールを求め、そのうえ、設計変更を理由としてあっさりと発注を取りやめている。

たけやんの会社、名神プレステックに至っては、設備投資をさせるだけさせて、自社の売上が落ちてしまうと大幅に注文を控え、責任を感じている様子もない。I

「他社のことまで構う余裕がない」という言い分もあるかもしれないが、経理課長のセリフから、この商談を持ち込んだ時には、すでに売上が下がりはじめていたとも考えられ、あまりに不誠実だというしかない。まして、たけやんは、中学の同級生というのだから、相当食えないヤツだ。

要するに、大口の取引先がビジネスパートナートして、ふさわしい相手ではないということだ。

妻、めぐみは、浩太と駆け落ち同然で結婚し、母親から感動状態になった。浩太は、その義母に毎年の年賀状で近況を知らせて続けてきた。家族思いで、やさしく、だれが見ても「よき父、よき夫」である浩太社長は、残念ながらビジネスにおいては、都合よく利用するだけ利用されるお人よし社長でしかなかった、と言わざるをえない。

  • 仕事を抱え込む苦労性

浩太社長は、最後まで人員整理を嫌がったように従業員思いだ。経営危機に際して、新規開拓で営業に駆けずり回り、身体を壊し最後には帰らぬ人となってしまう。

社長がちゃらんぽらんでは困るが、かといって、人ひとりができることは限られる。危機にあたっては、従業員が持てる力を最大限引き出し、新たな販路開拓や技術革新につなげていくマネジメントが必要だ。従業員から尊敬され、愛され、あれだけ一体感のあるチームなのだから、自分を過信せず、もっともっと従業員と苦労を共有すべきであったと考える。

さて、ここまで経営危機に至った要因について、いくつか述べてきた。それらに注意しつつ上手に乗り越えてしまうと、ストーリーとしては面白くないということだろうから、気持ちは切ないが、これから描かれるであろう再生物語に期待しつつ、会社再生に向けたこれからの施策を、私なりに考えてみたい。

  • リストラと事業(再生)計画

リストラは、リストラクチャリング(restructuring)のことだから、本来であれば事業構造の再構築を意味するが、多くの場合「人員整理」という意味でつかわれている。したがって、とてもネガティブなイメージが付きまとうようになった。

強引に推測すると、現状のIWAKURAは、

  1. 3億円前後の有利子負債
  2. 売上の減少・低迷
  3. 人件費や有休固定資産維持のための固定費負担 

という三重苦の状態にあると考えられる。

ここでは、本来の意味に立ち返り、どうやって「事業を立て直していくか」という観点でのリストラ案を考えていく。ドラマ的には面白くもなんともないように思うので、そこは意識しないで行きたい。(笑)

まず、「事業再生計画書」の作成が必須である。これは、事業立て直しのロード・マップであり、実行計画書であり、道筋を示す「希望の計画書」である。この取り纏めなくして、金融機関の協力もなければ、従業員の士気高揚もない。「事業再生計画書」には、以下の内容を実行計画として記載し、推進して行く。

  • 資金繰り(止血)

まずは、出血(お金の流出)を止めなければならない。売上が落ちてしまった以上、「債務圧縮」「返済猶予」と「固定費削減」により、売上と均衡する水準まで支出を削減しないと会社がもたない。どんなに社長が好人物であろうと、倒産してしまえば従業員の雇用は守れない、強制退場になってしまう。

2009年末にはモラトリアム法(金融円滑化法)が成立し、返済猶予を受けやすくなったが、それまでは金融機関の「貸しはがし」が問題となっていた。金融機関の理解を得るためには、人件費を含む固定費削減や負債の圧縮は避けられなかったであろうと考える。具体的には、

  1. 稼働率の低下した機械設備の売却、工場の土地建物の売却
  2. 人件費の引き下げ(人員削減も含む)

ということになる。

遊休化した機械設備、特に自動車部品製作用の工作機械は、まず真っ先に売却の対象になる。工場の土地建物の売却は、この時期容易ではなかったと思われるが、売却後にIWAKURAが賃借する「セル&リースバック」方式をとることもできたかもしれない。

もちろん、IWAKURAの経営状況では、「賃借人としてしっかり家賃が払えるのか」となり、一般の投資家への売却は難易度が高いが、あの人柄の岩倉社長なら、「支援もかねて購入してもよい」という取引先や知人に保有してもらえる可能性は、十分にあったと思う。

業績が回復したら、「買い戻す」という契約にすれば、社長や社員のメンタル的にも、安心感があるだろう。

同様に借り入れの担保になっていると思われる「自宅」も売却候補となる。ただし、マイホームは心の支えとなっていることも多く、かなり優先順位は低い。社長家族に思い入れがない場合を除き最後の手段と考えた方がよい。

次に、人件費の削減であるが、「雇用か解雇か」という二者択一でみるのではなく、個々の従業員と相談しながら、柔軟に対応するべきである。

従業員の置かれた状況は一様ではなく、中には生活にゆとりがあり、退職はさほど負担ではないという人も一人や二人はいるだろう。また、取引先等に出向や転職の受け皿になってもらうことも選択肢だ。

そして、全社員の給与引き下げも頭を下げてお願いする。もちろん、業績が回復すれば、元に戻すことは確約する。あれだけ人望がある社長だ、誠実に現状を語り、お願いすれば十分に理解してもらうことは可能であったと考える。

最後に、生産工程の見直しや在庫管理、売掛金の回収を進め、無理・無駄の排除と資金回収を図り、可能な限り固定費と債務を圧縮して、かつ返済猶予も受けてキャッシュの流出を最小限に抑えることだ。

私自身、サラリーマン時代に「給与引き下げ」を経験している。この時、社長は全社員に対して会社の現状を丁寧に説明し、これから目指す再生策を示しながら協力を求めた。

従業員ではバカではない。漠然とした不安感の中でもやもやしていたものが、きちんと説明を受けることで払しょくされ、むしろこれからの期待を感じながら帰宅の途に着いたことを憶えている。

  • 本業回帰

ここまでのところ、資金繰りの改善により、再生のための時間的な猶予を確保することを述べてきた。

しかし、時間稼ぎだけではいずれ死期が訪れる、何もしなければ時間稼ぎした分だけ、症状は悪化してよりひどい結果になってしまうことすらあり得る。

そこで、成長の核となる事業や製品の開発が次の課題となる。

リーマンショック後、しきりに「選択と集中」というフレーズが飛び交った。「なんでも絞ればいい」というものではないが、自社の強みを生かせる分野に経営資源を集中して、ニッチ分野でユニークな製品づくりを行うことで差別化を図るというのは、中小企業の基本戦略である。

環境変化により需要が変化したのであれば、新たな需要に対応した製品の開発を進める必要がある。

そういう意味で、太陽光発電パネルのネジというのは、目の付け所としては悪くなかったのだが、設計変更であっさり乗り換えられたということは、IWAKURAの技術を買っての注文ではなかったと思われる。

他社も簡単に作れるものは、価格競争が避けられないということだ。

実際に、太陽光パネルは、さほど時間を置かず、安い中国製にとって代わられることになる。いずれにしてもIWAKURAが中核商品として据えるものではなかっただろう。

まずは、会社発展の礎となった、特殊ネジを中心に、自社の長所を生かし、差別化できる製品分野に絞り込み、価格競争からの脱却を目指していくべきだ。

  • 工場売却と廃業は別

ドラマの中で、浩太社長は、社員の首切りを強く否定していた。一方で、工場の売却を長男悠人にすすめられた時には、激怒して家から追い出してしまった。

どうも「工場売却=廃業」を前提として、ストーリー構成されているように思える。しかし、ハードとしての工場の売却と、会社の廃業は別物である。

しかも、1月9日放送による新情報では、「工場を売却すればほぼ債務はなくなる。」と信用金庫の担当者から説明があった。早い話、「債務超過ではない」ということだ。

ここまで、あれこれ述べてきたが、それなら話は簡単だ。

  1. 工場を売却して、借金を返済する。
  2. 新たに、現状の売上に見合う規模の工場を賃借する。工作機械は1台1500万円ということなので、需要に応じた台数を残すか、新たに購入またはリースする。

つまり、いったんはシュリンクするが、財務体質は健全な状態となる。この会社の強みは、技術力やノウハウ、つまり人財にあるのだから、皆で力を合わせ得意先を開拓し、少しずつ規模を拡大してゆけばよい。社長が望まなかった人員整理も最小ですむはずだ。

  • 新規顧客の開拓、B to Cビジネスへの参入

会社の規模は小さくなったが、ひとまず健全な状態に戻った。しかし、従来の得意先からの需要は減ったままである。

新生IWAKURAの基幹商品となる新商品の開発と得意先の開拓が次のテーマとなる。新商品は、技術力を生かした高付加価値な特殊ネジが定石だろう。例えば、他社にまねができない「超微小なネジ」等はどうだろう。または、独自技術の応用により、ブルーオーシャン市場が狙えるならそれもよいだろう。

競合が避けられない分野の製品においては、ニーズの多様化、製品寿命の短期化に対応した、多品種少量生産に対応した、開発・生産システムづくりが必要である。信頼できる得意先との技術共有、情報共有と共同開発ということも考えるべきである。

同社は、長年、身勝手な得意先に振り回されてきた。下請企業の悪い面が重荷になっていた。下請け体質脱却を図るべく、一般消費者向けビジネスに進出するという選択肢もある。

重要なことは、どの戦略をとるにしても全社員一丸となって取り組むことである。浩太社長は、まじめで一所懸命に働いてきたが、苦労を抱え込み従業員に知恵を借りることは少なかった。ベテラン工員の笠巻に相談する場面もあったが、技術的な内容が中心であった(もちろん、メンタル面で支えになっていたことは間違いないのだが)。

もしかすると、従業員の中にユニークなアイディアや情報を持つものがいるかもしれない。皆で議論し知恵を出し合うことで、魅力的な商品を開発できる可能性は高いと言える。また、業界団体や商工会はじめ、外部に情報を求めることで、ヒントを得られるかもしれない。

自分一人で何とかしようとせず、チーム力をアップするマネジメントがポイントになる。

「中小企業診断士に相談するのも一案だ」と最後に言っておこう。(笑)

さて、ドラマでは、浩太社長の妻、めぐみが後継社長になり新体制で会社再生に取り組むようだ。投資事業で大成功している長男の悠人が、これからのカギを握るのかもしれない。

ドラマに現実を当てはめてもナンセンスなのは承知で、こんな無粋なブログを書いたが、素直な心でこの先の展開を楽しみたいと思う。

by:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

error: Content is protected !!